空飛びラボ日記 Ver.2

研究する人生

有給休暇と、とてつもなく暑い日々

振り返ってみると意外と暑い場所に住んできたと思うのです。

一番長く暮らした東京の下町は、幼少期に暮らした山の手と比べると随分暑かったと思いますし、大学も神奈川の内陸部でしたから夏はヘトヘトになりながら通った記憶があります。
4年暮らした山口市も内陸で盆地なのでやはり夏はものすごく暑かったですし、その後の大阪も南部の堺市は山口よりも暑かった。
最初の夏、上司にも同僚にも心配されるくらいやつれたものです。

その後東北で一息ついて、次は茨城県つくば市。まぁこれも暑かった。


しかし!


同じ北関東エリアでも内陸になりますと夏の暑さは聞きしに勝るものがあります。
転居後初の夏だった去年も「確かに暑いし何より光量がものすごいな、、、」と感じておりましたが(群馬県は晴れの日が日本一多い)、今年はものすごい。

火炎地獄ですか?!っていうくらい暑い。

電気代も電力供給量も気になるところですが、ネコズもいますしエアコンとサーキュレーターのダブル使いで凌いでいます。
とは言え、我が家は下げても27度で基本的には28度。
それでも外より10度下がるわけですから、、、


ところで、私は全く使用していなかった有給休暇を消化する必要があり少しまとめてお休みをしました。
元々、前職のやり残し仕事を進めるつもりだったのですが、休みに入った途端に連日酷暑。
論文書きは家では思うように進まないので、マックか職場の図書館で毎日数時間書こうと計画していたのですが、暑すぎて家から出られない暑すぎて書き物をしようという気持ちにそもそもならない。


そんなわけで予定の半分も進まず。


在宅で頑張ろうかな?とちらっと考えましたが、何とか節電しようと試みている家は職場と比べるとやっぱり暑い。
風のある午前中はエアコン使わない、などと言っていないで朝からガンガン冷やせば良いのかも知れませんが罪悪感に勝てない自分がいます。


仕方が無いので書き物は諦めて、所々放置していた片付けを行いました。
早起きして、比較的涼しい(=一応動くことはできる)午前中のうちに押し入れの整理や不要品の廃棄などで滝のように汗をかき、午後は消耗して昼寝、という毎日。

おかげさまで家はすごく片付きました。


そしてスコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たちを鑑賞しに東京都美術館へ。
例によって母の誘いです。

www.tobikan.jp


私は子供の頃から美術好きなので上野には随分通いましたが、東京を離れてからは年に一度訪れるかどうかでしたので久しぶりです。
この日は一番の暑さで、居住地よりは低いとは言え東京もものすごかったですが、美術館でゆっくりと画を見ているうちにすっかり冷えました。
展覧会はなかなか見応えがありました。
知っている画家、知らない画家とりまぜて素敵な画ばかりでしたが、個人的に来て良かった!!!と感激したのはウィリアム・ブレイクの作品があったことです。
詩人としてすごく好きなので、画を見ながら好きな誌を頭の中で暗唱しました。


球体に浮かぶ親子


外に出て写真撮って、3人でそばを食べて解散しました。


あとは、動物病院をリニューアルした後輩にお祝いの品を贈ったり(大変喜んでいただき一安心)暑さと格闘しつつも充実したお休みでした。

真理に巡り合いたいが現実は

私はバイオロジーの研究者なので、その辺りの分野限定での話です。
理論物理や数学、あるいは歴史や文学の研究世界は全然違うのかもしれませんが、身近なところに知り合いがいませんので分かりません。


さて、バイオロジーすなわち生物学に興味があり探究したいから研究者を志す若者は、生き物の秘密を解き明かしたいという思いを持っていると思います。
それは生命の真実、真理と言っても良いかと思います。



修士課程を過ぎてもこの思いを持ち続けていると博士課程に進学します。


博士課程に進むと優秀な学生ほど揺るぎない真実にはそうそう辿り着けない、ということが理解できてくると思います。
それで疲労感を感じて企業に就職する学生も一定の割合でいます。
企業では真実や真理を追求しなくても、企業の利益を追求すればよく、それは比較的イメージしやすいものだからです。


一部の楽観的な学生は真理の追求は困難だけど可能、という気持ちを持ち続けて本格的に研究者になる道に進んでいきます。
楽観的な、と書いたのは、自分のを振り返ってみて、こんな仕事は悲観的な人間にはとても無理と思うからです。

あまり優秀ではない学生も進む道の暗黒さに気が付かないため足を踏み入れてしまうかもしれません(空ネコはこのタイプ)。



そして実験に明け暮れて数年、多くの研究者が呟きます。
「これって本当に「本当」かね???」


実験という手段を用いて事象にアプローチしていると、否応なく突きつけられるのが「見ているのはある条件の元での真実」ということ。
実験を積み重ねればデータは出ます。
それらを組み合わせてもっともらしいストリーを組み立てることはできる。
全部がでっち上げとは言いません。

しかし



「それってホント?」
と聞かれると
「○○あるいは□□という条件の下でなら本当」
と答えるしかない。


誠実な専門家ほど口が重くて断言せず、何やら分かりにくい曖昧な表現を使うのは、コロナ禍でみなさんよくお分かりですよね。


生命における揺るぎない真実ってホント何なのでしょうね。
知りたいから研究していますけど、前提条件を必要としない真実にはほとんどお目にかかったことがないように思います。

例えばそう、
死んだら生き返らない、、、、、これも、ここから逸脱している生物はいたと思う(うろ覚え)




そういえば、予備校時代の友人で物理学科を目指していた人の中に「生物はグダグダだから苦手」と言っていた人がいたっけ。
うん、よくわかる。
そう思うと物理学って偉大だな。

いじめは喧嘩じゃない

ジャンポケ斉藤さんのいじめの記事を読んだので、思うところを書きます。

記事はこちら。
news.yahoo.co.jp



私も随分長いこといじめられていました。
いじめられていたのは保育園から中学卒業までなのでおよそ10年でしょうか。



私の場合は無視、嫌がらせの手紙(不幸の手紙がたくさん来るとか 笑)、陰口、呼び出されてつるし上げを食らう程度で暴力的なことはほとんどありませんでした。。。。

と、ここまで書いて、いやしかしなんか怪我したことあったような、、、と過去をたどってみましたところ、体育の授業中に二人一組の倒立で相手が受けなかったためそのまま仰向け転倒し両足を捻挫。松葉杖通学になったということを思い出しました。
組んでいた相手は積極的ないじめっ子ではなかったのでいじめとは無関係だったかも知れません。が。


私が倒立したときに脚を支えるはずだった相手は「怖くてよけてしまった」とかで(ふざけんなって感じですが)、私も「ひどい!」と抗議した記憶はおぼろげにあるのですが、怪我をしているから教師に付き添われてすぐ病院に行き、状況や原因についてはうやむやになってしまったような気がします。

結局ただの授業中の怪我って感じで終わっちゃったんですよね。
教師はうちの親には謝ったと思いますが、まだまだ学校の方が強い時代でしたから。
捻挫で済みましたが下手したらもっとひどい怪我をしていた可能性だってあるわけで、今の時代なら学校相手にかなり大きな問題ですよ。


いじめに話を戻しますと、私は友達が全く居なかった訳ではないのですが、立ち位置が変わっていたのか気に障る感じで目立っていたのでしょう。

派手だったり発言力があるグループには属していないものの決して地味で大人しい訳でもない。
成績は良いけど、典型的な優等生グループでもない(教師にえこひいきされるわけでもない)。
いつも自分のしたいことをしていて、基本的に女王様の言うことは聞かない。
一人でいても平気そう(実際平気でしたが)。

異物って感じだったのでしょうねぇ。


だからといっていじめて良いわけではありません。
でも子供ってその辺は未熟なので「なんか違う」って思うと排斥したがるのは分かる。
「なんか違う」が憧れの方向に行けばいいのですが、そうでない場合は恐怖になるから排除しようとするのでは?と思います。


およそ10年のいじめの中で一番長く続いて、一番嫌な記憶として思い出すことが多いのは中二の時です。
捻挫したのもこの時。

通年で無視されていたように記憶しています。

朝、私が教室に入ると全員廊下に出ちゃう。
それで担任が来るまで、私だけが教室で席に着いていて、他の40人以上は廊下でおしゃべりしている。
当然担任は異常に気がつくはずですけど、何もしなかったどころか脚を怪我したときにこいつは「これまでの自分を振り返って、良い機会だからクラスメートに助けてもらえ」って言ったんですよ。

振り返ってって私が悪いんかい? 笑


ジャンポケ斉藤さんもいじめられる方にも原因が的なことを教師に言われたみたいですが、どこにでもこういうクソ教師はいるんですよ。
むしろ私の小中学校時代を通してクソじゃなかった教師は2人しか居ません。



話は変わりますが、ジョディーフォスター主演の問題作として話題になった「告発の行方」という映画があります。

Wkipediaに本質的なことが全く書かれていないのでリンクを張るのは止めますが、気になる人は調べて下さい。


この映画で裁かれるべきは当然主人公をレイプした加害者達なのですが、それだけでなく周りにいた見物人達も同罪でしょ?加害者でしょ?というところが話題作品になった一つの理由なんです。




私は常々思うのですが、いじめの首謀者は当然は悪い。
でも、私のことが嫌いでいじめる人と私、一対一ならいじめじゃなくて喧嘩なんです。タイマンなんですよ。


だけどそこに金魚の糞がたくさんくっつくといじめになってしまう。
金魚の糞にならないまでも、関わらないでおこうと傍観しているひとが増えるとますますいじめの構造が確立されてしまう。


私はね、私のことが嫌いで仕掛けてきた首謀者よりも、その取り巻きとか傍観していた多くのクラスメートとか教師の方が憎いです。
今でも。

それで、世の中の多くの人は傍観者として生きてきたんじゃないの?と思ってしまうから、人に対する根強い不信感があります。
私の中の消えない人間不信が隠していても相手に微妙に伝わってしまい、色んなところで今でも私の足を引っ張っているのは理解していますが、損なわれてしまった部分は取り戻せないしどうしようも無いのですよね。


いじめを受けた方がどうして欠損を抱えながら生きていかなくてはならないのでしょうか。



ジャンポケ斉藤さんは一生恨みは消えないとおっしゃっていました。
自分はというと、例えば相手が不幸になれば良いなどと思うことはありません。


だけど、もし私をいじめた人、知りながら傍観した人(たくさん居すぎ)が瀕死の状態で目の前に転がっていても助けないな、跨いで行っちゃうなと思います。



いじめは(レイプやDVも同様)こういう心が冷えた人間を作ってしまう。それも罪深いことです。


ここから追記*************

非常に根深い人間不信を抱えながら生きている私ですが、どうして人を育てようとするのか?若者にエールを送りたいのか。
気持ちの99%では人間という生き物(もちろん自分を含む)はクソで、いつ滅んでも良いと思っているのですが1%だけ希望があるからです。

それは、10年間の断続的ないじめの中でたった一人「みんなは間違っている」と声を上げてくれた人がいるから。
問題の中学2年の途中で転校してきて、数ヶ月でまた転校してしまった彼女だけは「どうして空ネコさんが仲間はずれにされているのか?」「理由もないのにクラス全体で無視するのは間違っている」とはっきり言ってくれました。
まぁ事態は変わらなかったのですが。

彼女は余りにも短期間のクラスメートだったため、私にとっても印象が薄く正直感謝するというところまでも行っていないのです。
でも、真に勇気のある人とは彼女のような人のことだと思いますし、もし、人間がクソな生き物ではないとするならば彼女のような存在も居るからです。


彼女の発した「みんながおかしい」という言葉が無ければ私は無差別殺人でも犯していたかも知れません。
しかしそうならず、まがりなりにも若手を育てようという気持ちを持って生きているのはたった一人の存在があったから。

逆に言えば、苦しんでいる人の心に光を感じさせることができるひとがたった一人いれば、その人は精神を損なうかも知れないけど完全なモンスターにならずに済むのかも知れない。

今更ですが親ガチャについて

親ガチャって言葉が嫌いでねぇ


いや、初めて聞いたとき下品だけど上手いこと言うものだという感想も持ちましたよ。


ただ、結局「当たり」「外れ」ってその時点での判断だよね?って思ってしまう。



子供だろうが何だろうがその時々で好きに判断して良いと思うけど、結局それは10歳なら10年、15歳なら15年の人生経験でもって下している判断にすぎないということを忘れて欲しくないと思います。
つまり、あなたの人生の結論ではないよと言うこと。


もしかすると我々の世代(第二次ベビーブーマー)も上の世代から見れば似たり寄ったりだったかも知れないのだけど、私の周囲を見ていると今の若い人たち白黒付けたがり過ぎ(変わらない)結論を求めすぎに見えます。

若い時って大抵そうなのかも知れないが、、、



それが良い結果でも悪い結果でも早くはっきりさせ、その問題から解放されたがっているようです。


体力無いのかな?
というのも、白黒付けないと言うことは考え続けると言うことですし、考え続けると言うことはすごく疲れることだからです。



親ガチャと同様に苦手な言葉がコスパです。

ビジネス用語として使うのは分かりますが、若い人が日常の行動に関してコスパがいいとか悪いとか言っているのを聞くと、あなたはその事象に対するコストやパフォーマンスについて真に理解しているのか?その若さで?その程度の経験で??と内心突っ込んでいるワタクシです。


そしてこれもまた体力なのかぁと思います。
コスパ悪いと思うことをしたくないんだもんね?



親ガチャに話を戻します。

人生を点で見れば確かに○○運が良い・悪いということは言えますが、そもそも人生は点というよりは線なので結論なんか死ぬその時まで出ないよ。
出ないから生き続けるのだよ。
そして、多くの人にとっての人生は案外長い。


だから生き続けるために、その間の長い時間考え続けられるための心身の力を養って欲しいなぁと思います。
そして、安易に結論を出す癖を付けないで欲しい。

結論なんて放っておいても出るべき時に「それしかない」というものが出るもんだ。



最後に私が現代の子供だったら100回くらい親ガチャ外れたわ~って思っただろう母との色々経て今はこうという写真を貼って終わりとしたいと思います。

個人情報保護の観点から母の顔は半分にしとくw

リュウとハルキ

今週のお題「本棚の中身」

定期的に手持ちの本を整理して、再読しないと思うものは手放しています。
本に対するスペースを増やしたくないというのが一番の理由です。

同じような理由から、最近は小説やコミックスに関しては電子書籍で購入することがほとんどになりました。
それでも、私にとって読書の愉しみの一つには紙のページを捲るというものもあり、どうしてもこれは紙で読みたい、と思う本だってあるのです。


何度かの整理を経るとどうしても捨てることができない好きな作家、作品が出てきます。
私にとっては、海外の作家だとトルストイ、ソルジェーニツィン、F.K ディック、カズオイシグロ、ガルシアマルケス、日本の作家だと中山可穂川上弘美、帚木蓬生、吉村昭安部公房もふと読みたくなるので手放せません。
そして村上龍村上春樹


二人の位置付けは私の中ではだいぶ異なっています。
早熟な子供だった私は、小学6年生で村上龍の「限りなく透明に近いブルー」を読んで衝撃を受け、以来40年ちかくファンです。

思春期の自信の無さや心の弱さは、時に非常に暴力的な龍さんの小説を読むことで励まされたり鍛えられたりしました。
小説に描かれる欲望に忠実な主人公たちに幾度となく衝撃や感銘を受け、その強さに強く憧れました。
自分も強い欲望を持つ子供でしたが、そういうことを肯定してくれる人は周りに居なかったし、当時の教育もむしろ欲望は隠せ、みたいなかんじでした(よね?)。
龍さんの小説を読んで「こうやって生きていいんだ~」って勇気をもらいました。

今読むとまた異なる視点や感想を持つのですが、若かった自分には必要不可欠な小説だったと思います。

また、長く作品を読んでいるので、自分の成長や加齢と共に、作家の、つまり龍さんの人生についても思いを馳せることもよくあります。
サイン会や握手会(を龍さんが行っているかどうかは分かりませんが)にも行かない「読むだけファン」ですが、コロナ禍で体調を崩してないだろうか?もうお年だし、、、、などと不思議と思ってしまうのです。



一方の村上春樹ですが、読み始めたのは30歳になった頃から。
どうしてか私の周囲には春樹ファンの男性が多く、何度も勧められたり押し貸しされたりしたので、10代20代の頃も読もうとはしたのですが全く受け付けませんでした。

かつて強烈に一目惚れした男性(恋は実らず)から「あなたならこの小説で僕が感じたことと同じことを感じてくれると思う」と歯の浮くようなセリフと共に渡された本が「風の歌を聴け」でしたが、その時ですら読み進むことはできなかったくらいダメでした。



ただ、とかく話題になる作家ですし、気にはなっていたのです。
それにタイトルが素敵な小説が多いので、きっかけは忘れてしまいましたが30歳前後にふと手にとった本が「国境の南、太陽の西」でした。

おそらく、当時の恋愛中の心情にフィットしたのだと思いますが、とても気に入り何度か読み返したことを覚えています。

そしてそこから他の作品も読み始めましたが、やはり読むのが苦痛だったりしっくりこないことの方が多かったです。


しかし印象が一変したのがエッセイを読んでからで、小説はほとんど共感できなかったのに、エッセイでの村上春樹の言葉は私も普段よく考えていることと非常に近くて親近感を覚えました。

それからは小説だけでなくエッセイも読むようになりました。
もうほとんど全部読んでいると思いますが、今でも小説はあまり好きではなく、エッセイは非常に共感できる不思議な作家です。



今でも時々、自分にとっての村上龍村上春樹の位置付けについて考えるのですが、当然答えは出ません。
見つけたくて小説やエッセイを読み返すところもあります。
きっと、二人は私の心の全く異なる、しかし重要な部分にそれぞれ影響している作家なのだろうなぁと思います。

ムラカミコーナー

龍さんの本が少ないですが、ハードカバーでもっているものが多いので、別の段に並んでいます。