空飛びラボ日記 Ver.2

研究する人生

日曜日は月曜日の前日

月曜日から仕事が始まる、であるなら日曜日はその前哨戦なのです。
というわけで仕事に来ています。


実際のところ、GWになるべくまとめて休みたいとなると、その前にある程度区切りの良いところまで実験を進めておかなくては、ということもあり。
また、これも時々書いていることだけど、生物系の実験は特に、今日来て今日の分の実験をやり、適当なところで止めて続きはまた出来るときにやればよい、という訳にはいかないものが多いのです。

つまり、今日Aという実験を行ったら24時間後にA'があり、72時間後にB→C→Dまでは済ませないと駄目、とかそんな感じで、止められるポイントもあるけど、どこでも良いというわけでは無いので、最低そこまではやらなければいけないのですね。

生き物、あるいはナマモノを使っている宿命でしょう。


それで今日も働いている。


昨日の時点では朝7時から仕事をして10時過ぎには帰宅する、という予定を立てていたのですが、明け方に目覚めて水を一杯飲んだらそこから熟睡してしまい、目覚めたら8時近く。

仕方が無いので家事を一通り済ませてから仕事に行くことにして、そうこうしているうちにワイドナショーも始まったのでチラチラ観ながら昨日買った野菜でカポナータを作りました。

カポナータ(イタリアン)とラタトゥイユ(フレンチ)は私の中でほぼ同じ夏野菜の煮込み、という料理ですが、私が持っているフレンチシェフのレシピ本によればラタトゥイユの方がブイヨンを入れたりしているので少し複雑な味付けなのかも知れません。
だとすれば、私が普段作るのは圧倒的にカポナータです。


材料は主に夏の果菜。
ナス・トマト・ズッキーニ・パプリカ・タマネギ・ニンニクがあれば良いでしょう。その他インゲン・カボチャ・アスパラ・セロリ・ニンジンもお好みで入れても美味しいですが、ジャガイモと葉物を入れると違う食べ物になってしまうように思いますので止めた方が良いです。

夏らしくさっぱりさせたいのであれば、ニンジンとかカボチャは入れない方が良いですね。甘ったるくなるし、入れすぎるとシチューになってしまうので。。。


さて今日は
ニンニク・タマネギ・ズッキーニ・パプリカ(赤・黄)・ナス・トマト・セロリ
で作ります。

ニンニクは皮をむいて潰し、他の野菜は大きさを揃えて角切りです。
オリーブオイルでニンニクと鷹の爪少々を炒めて香りが出たらタマネギを入れます。
タマネギがうっすら色づいてきたらトマト以外の野菜を投入し、ざっとかき混ぜて塩を振り蓋をしてしばし中火で蒸し煮にします。

トマト以外を入れたところ

トマトとお好みでハーブなんかを入れます。
今日はドライのタイムとオレガノを入れました。手に入るハーブは色々ありますが、カポナータの場合この2種類またはどちらか片方では?と思いますが、パセリとかローズマリーを使いたければ私は止めません。
ラタトゥイユだとローリエ入れてたりしますが、今日はなるべくイタリアンに寄せて作りたいのでローリエは入れません(料理研究家の有本さんによればイタリア人はほとんどローリエを使わないとのこと)。

トマトとハーブ入れました

蓋をして弱火から中火で蒸し煮します。野菜の水分だけで作るのが美味しくするコツですが、私はたまにワインビネガーを入れてよりさっぱりさせることもあります。
そういえばフレンチシェフレシピでは白ワインを入れていたかも。

野菜からたくさん水が出ます

野菜が柔らかくなったら蓋を取って半分くらい水分を飛ばしてできあがりです。
煮詰まってくると水分が残っていても焦げやすいので、時々しっかり鍋底をこそげてやりましょう。
シンプルな野菜だけの料理なので、焦げるとやっぱりちょっと残念感じになります。

粗熱を取って冷蔵庫へ。
たくさん作って冷凍でも良いでしょう。
こういうのがあると、焼いた肉に添えるだけで罪悪感が薄れるので良いですし、パスタソースにも使えますので便利です。
ワタクシは今週もメンタルが弱っていますので、晩ご飯はこれをやりくりして済まそうと思っています。

ネコは陽だまりが好きだから

歴代ネコズのお骨を寝室の出窓にしつらえたボックスに置いていたのだけど(仏壇がわり)、ミトを加えて4柱になり狭くなってしまったので、模様替えをすることにしました。

元はこんな感じ


ボックスの上が七味のお気に入りの昼寝場所なので、新しい配置にしても外を眺めながらお昼寝できるようにします。

ついでに、お花や私の北欧ガラスコレクションも一緒に飾れるようにしましょう。


お花といえば、かかりつけの動物病院からお悔やみのお花が届きました。

立派なお花が届きました


これまでかかった別の病院ではハガキがくることはあったけど、お花はなかったですね。
こんなに立派なものを送ってくれるなんて嬉しいです。



そして、新しく組み立ての棚を二つ購入してこんな感じにしました。


使用したのは縦でも横でも使用できるというコビナス コの字ラック。

shirai-s.co.jp

コの字ラック以外にもユニークなラックを扱っている白井産業さん。



お骨を置いたところはバックに板が入っていないので、窓の光が通り明るいです。

ネコは高いところからお外を眺めるのが好きだから、閉じ込めてしまうよりこの方がなんかいいな。

今は病院からいただいたお花もあるから2か所に飾っているけど、普段は奥の囲われているところが定位置です。
これなら七味やテオに悪戯されにくいし。



毎朝お水とドライフードをお供えしていますが、誰かさん(写っている方)が食べたり飲んだりしているようです。

ようやく金曜日

ようやく金曜日も終わりに近づきました。
本当は仕事をせずに家にいたかった今週。

だって亡くなったのがヒトの家族なら忌引きですよ。
それがどうして若い人たちを鼓舞したり、研究の悩みを聞いたりしながら仕事をしなくてはならないのか。

労って欲しいのはこちらの方だし、労らなくても良いからせめて私から何か引き出そうとしないで欲しい。
という思いを心の中に閉じ込め、無理をして過ごしたのでぐったりです。


もちろん一緒に仕事をしている人たちの大半は事情を知っているのですが、動物と暮らしたことが無いヒトも多く、そういう人たちにとってはペットの死も人間の家族の死もあまり変わらないと言うことが実感として分からないし、特にまだ若い人たちは肉親の死にも遭遇していなかったりするため、喪失感というものに対してリアリティが無い。

だから、普通に話していると「あれ?もう大丈夫なのかな?」となってしまうのでしょう。
で、私はあまり周囲のヒトに「自分を理解してもらえる」という期待を持っていないし、職場の人間関係にほとんど何も期待していないというか、淡々とプロジェクトが進むことが一番と考えているので、自分は苦しんでいる、ということを伝えません。
だから別にそういう対応でも良いのですけどね。


ここは日記ブログなので、あー疲れた、人間ますます嫌い、本当はネコズ以外誰ともしゃべりたくないし、会いたくも無い。
お金もらっているのでその分の仕事はしているが、本音では色々どうでも良いと思っている、ということを吐き出しているわけです。

やれやれ

ひっそりしている我が家

実はミトは今いるテオや七味とはそれほど仲良くなかったのですよね。
高齢だし体調が良くないから一人でのんびりしている方がいいわーというのもあったと思いますが、七味がかなりいじめに近いような形で寝ているところにも飛びかかったりしていたので、七味のことは嫌っていたし(七味も嫌いだったみたいだし)、テオとはたまに挨拶するくらいで互いに我関せず、と言う感じで遊んだり一緒に眠ることもなかったのです。

ミトが仲良かったのは8年前に亡くなったにーやん(みぃこの本当の兄弟)と一昨年亡くなったトト(時々さつき)だったので、仲良しがいなくなってからはひとりでいるか私といるか、でした。


そんな立ち位置のミトでしたが、居なくなるとやっぱり他の子達も分かるのですよね。
テオと七味は月曜日の夜にミトが亡くなった瞬間にベッドの上でぎゅっとなり、黙ってこちらを見たまま身動きしなくなってしまいました。

翌火曜日も、朝は比較的いつも通りに見えましたが、私がミトを火葬して戻ってくると、やはり二匹そろってシーンとした感じで並んで座っていましたし、夜も普段は走り回ってプロレスして遊んでいるのにすごく静かにしていました。
昨日の水曜日は朝食を食べたら二匹で押し入れに入ってしまい、私が仕事から戻るまでそのままでいたのかトイレに行った様子も無く。
帰宅したらそこそこ元気で食事もするのですが、走り回ったりはあまりせず静かにしていました。


テオはまだ分かるのですが、七味もかなりしょんぼりしていて意外です。
ミトを虐める七味にはよく「あなたそんな風にミトちゃんをいじめてて、本当に居なくなったら悲しくなるんだよ」と説教していましたが、実際のところは七味はミトがいなくても何も感じないのでは?と思っていたのですけど、気にくわなくても仲間、みたいなところはあったのでしょうね。


私の観察する限りではありますが、どうも3歳(ネコの話しです)くらいまでは血縁以外の仲間の死というか永久的な不在について理解できないようで、態度に変化がありません。
でも4-5歳以降は仲の善し悪しに関わらず何か感じ取るようで、挙動が変わります。

動物でも、仲間の死が引き金となり残された方も病気になると言うことは決して少なくありません。


我が家はテオと七味が残されましたが、この二匹は仲が良いので一緒に眠ったりして互いを癒やしているから、私もしばらくすればまた元に戻るだろうと思っていますが、一匹で残されてしまうときはヒトによる積極的なケアがあった方が良いと思います。



思えば、ミトはあまり感情を出すネコでは無かったので意識していなかったのですが(加えて、私の転職と転居がきまり慌ただしかったのもあり)、写真を見返すとさつきとトトが相次いで亡くなってから急激に痩せていて、精神的なものが引き金になった可能性もあるなぁと。

そういうことを考えてあげられる余裕が当時の私にあれば、ミトの身体もまた違った状況になっていたのだろうな。。。



我が家はヒトは私だけなので、ネコ達が騒がなければ本当に静かです。
ミトが生きている時によく「これまで居たコ達がみんな生きていたらすごく楽しいだろうね」と話しかけていましたが、本当にその通りで、7匹みんな勢揃いしていたら、加えてウサギのポンも一緒に居たら、どんなにか賑やかだったでしょう。

ミトが来る前に、やはり私とネコ二匹になった時期が2年くらいあって(元はネコ三匹にウサギ一匹)、その時も「家ががらんとしているナー」とよく思いましたけど、今もそんな感じです。

読書する私のそばでひっそりしているネコズ

ミトが虹の橋を渡りました

2022年4月18日21時

ミトが息を引き取りました。
詳細は不明ですが、おそらく腎不全による尿毒症かと思います。

先週水曜日の時点ではとても元気で順調に回復しているように見えました。
食欲もあって、何より体重が増えているのが背骨を触った感じで如実に分かり、高いところへのジャンプもするようになり、私はすごく喜んでいました。
このブログにも、経過を記録しないとと思っていたところでした。

それが木曜日の早朝に一ヶ月ぶりに膀胱炎になり、抗生物質を飲ませたところまでは良かったのですが翌金曜日になっても食欲が戻らず、強制給餌しても嘔吐。
GW直前にする予定だった定期の血液検査を前倒しにして病院に行き、血液を調べてもらったのですが数値はすごく悪いというわけではない。
むしろ、点滴の効果が出ているのかかなり改善していましたし、やはり体重もしっかり増えていたのです。
そこで吐き気止めだけ注射してもらって帰宅し、強制給餌と点滴を続けましたが回復せず、むしろ悪化し、酸素室も再開したのですがほとんど効果は無く、状態が悪すぎて病院に連れて行くことすら難しくなってしまい、あっという間でした。


状況を分析すれば、

  • 食欲が増え代謝が上がった分、腎臓で再吸収しなければならないタンパクが一気に増加して負荷が大きくなる。
  • 甲状腺ホルモンの作用をブロックする薬を服用しているため血圧が低下(高血圧から普通にと言う意味)しているので、腎臓への血流は甲状腺機能亢進時よりは減っている。
  • 腎臓が負荷増大に耐えきれず、血液中に老廃物が増えた。

という可能性が一番大きいのかなとは思います。
でも血液検査のデータからは、そこまで末期的な感じではなかった。
だから私も主治医も皮下点滴のままで良いと判断したのです。これがもっと悪ければ入院して静脈点滴を行い、より積極的に老廃物を身体の外に出すという選択をしたと思います。


今でも
一体どうしたんだろう?
という気持ちです。


ミトは月曜日のお昼頃からは意識混濁状態で、最期の最期は私の腕の中で旅立ちました。
最期まで苦しそうで、見ている方は本当に可哀想でした。
ミト自身は朦朧としていて何も感じていませんようにと祈るばかりでした。


火曜日に火葬したのですが、お骨になるのを待っている間、ミトはやっぱりみぃこの生まれ変わりだったのかなふと思いました。
というのも、みぃこが亡くなったのも今頃だったからです。

みぃこはたった1年半しか生きられなかった猫で、ベランダから落ちてあっという間に亡くなったこともあり、さぞ心残りだったことでしょう。
ミトが我が家に来たのはみぃこが亡くなってから2年後でしたが、家の前で私の帰りを待っていたこと、ドアを開けたら私より先に家に入り勝手知ったるように歩き回り、帰るそぶりも見せなかったこと、なによりそのたたずまいから「あんたもしかしてみぃこちゃん?」と思ったものでした。
もしみぃこの生まれ変わりなら、プラス16年生きてそれなりに満足したのかも知れません。

満足したかも、というのはこちらの気持ちを落ち着けたいのでそう捉えているだけで何の根拠もありませんが、ミトに甲状腺機能亢進症の診断がついてからの5ヶ月はとても濃密な時間を過ごさせてもらいました。
私はもちろんやりきったとは全く思えないし、まだまだ生きて欲しかったです。でも、病気の診断がつく前からと合わせると、最期の1年半くらいはミトについて考える時間はぐっと増え、行動もしたし、それは良かったと思います。



思えば、病気続きの猫で、通院や投薬など嫌なことがたくさんあったろうと思いますが、一方でこの2年は偏食がひどくキャットフードだけではとても栄養が取れないので、常に魚や肉を食べていてごちそう三昧でした。
加えて同じ食材だと飽きて食べなくなるため、私も毎日「今日は何を食べさせよう、何を食べてくれるだろうか」と考え続ける日々でした。

鶏・豚・牛・羊・鴨・鮭・マグロ・サバ 脂がのったものが好きで、鱈とかささみは食べてくれませんでしたね。
甲状腺の機能が亢進していたので、身体を作る材料が不足してしまい肉や脂を欲していたのでしょうし、この食生活が腎臓に負担をかける一因であったことは否めません。
調理がある関係上ミトの食卓は他のネコ達と一緒の食事場所とキッチンの二カ所。
キャットフードは私がいないときや夜中にそれなりの量を食べていたのですが、私が帰宅するとキッチンで「早く肉か魚をだして!」と大きな声で鳴いていました。
食事中はいつも「おかあさん、おいしいね!おいしいね!!」と喜んでいたようでした(そりゃあ美味しいでしょう)。


ミトの食生活については賛否両論あると思いますが、元々小さくて消化管障害から嘔吐が頻繁で栄養を取りにくい体質からの甲状腺機能亢進症での削痩で、私も悩みながらも「如何に栄養を摂取させるか」が一番重要と考えてこのようになってしまいました。
我が家はおやつ類は一切与えない方針ですし、決して甘やかしではないのですが、難しいですね。
キャットフードだけで食事させられたら良かったのかも知れませんが、ここに至るまで、ミトに対しては何十種類ものフードも試したのですが、吐かずに安定して食べてくれるものは見つけられなかったのです。


まぁ健康を管理する方としてはとても難しいコだったと思いますが、ミトにとって特に最期の2年間は美味しいものがたくさん食べられて嬉しいこともあったのかなと思います。


写真はミトらしさがよく出ていて好きな一枚です。
小さくて控えめなようで存在感があるネコでした。

自身のイラストと共に


たまに夜中に目を覚ますと、暗闇の中でミトがぱっちりした目で私のことをじっと見つめていることがよくあって、私の寝顔を眺めながら何を思っていたのかなと。
いつか夢の中で教えて欲しいなと思います。