空飛びラボ日記 Ver.2

研究する人生

ご無沙汰すぎてすみません

こんばんは


9ヶ月ぶりの更新です。
世の中も急激に変化していますが、私も本当に色々あった1年でした。

まず一番重要な出来事として、ネコが相次いで2匹亡くなったことが挙げられます。
二匹とも腎不全で、半年以上は看護の毎日でした。
8月半ばにさつき(19歳)、10月にトト(12歳)が亡くなり、その後は悲しみと看護疲れでしばらく呆然としていました。
ブログどころではなかったのは、これに因るところが大きいです。

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さつき:まだ発病していない2019年9月頃
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トト:発病前。2019年5月ごろ


五匹のネコと暮らすのは大変なことではあったのですが、今でもさつきやトト、その前に亡くなったにーやん、みぃこ。みんなが生きていたらそれは楽しい生活だったろうと思います。
別れは必然なのですが、それでも、、、と消えない寂しさがあります。




唐突ではありますが、「未来が現在を決めている」と聞いたことがあります。
よく言われるのは「現在が未来を決める」(だから今ベストを尽くすことが大事)ということですよね?

しかしそれは違うと。
実は未来は決まっていて、そこに収斂されるように進んでゆくと。
だから、現在起きていることは必然なのだと言うわけです。


未来が可変と思って生きる方が頑張ることができるように感じます。
ですが一方で、良いか悪いかはわからないが未来は不変で、それが今を決めていると思うことは、未来を考慮しても仕方がない故に今に集中できるという側面もあるように感じます。


話はまた飛びますが、コロナ感染症に伴う様々な状況変化がもたらすストレスは私にとってはほぼ無いに等しかったです。
私は、内面の安定が保たれていれば環境の影響はさほど受けないらしく、マスクや手洗い、ソーシャルディスタンシングやリモートワーキングに対する不自由さや不満もありませんでした。
むしろ、きっかけはともかく、新しい世界に移行していく様子が目に見えていてワクワクするところもありました。
でも、私がお付き合いしていたイギリス人の彼は違った。

外国人だからではなく、おそらく性格によるものだと思いますが、ものすごくストレスを受けていて、元々そんなに余裕があるタイプでは無かったのが一層悪くなりました。
私にもしネコたちの問題がなければ、もっとサポートできたかも。
でも、私の中の優先順位は決まっていますからね。
ネコのケアが圧倒的に一番、次が生活を支えるための仕事。彼氏はその次です。だって自立している大人なんだから。

ものすごく簡単に書くと、すれ違いが起きたってことなのでしょうね。
毎日のネコの看護の状況をわかっているはずなのに、安易に頼み事をしてくる(そしてこちらの要望には余裕がなく応えられない)相手にいささかうんざりしてしまい、さつきが亡くなったのをきっかけに距離を置いてしまいました。


そもそも、人間的な余裕は私の方がはるかに大きかったと思います。
平時なら、いや少なくとも私にとっての優先事項が仕事だけなら、多少バランスが悪くても私は気にならなかったんじゃないかな。
彼の方は社会の不安定さについて行けずにストレスが大きくなり、私は個人的な絶対的事情を抱え、運が悪かったのでしょう。
でも、非常時に絆が深まる場合だってあるわけだから、これはこれで、早い破綻はかえって良かったのかもしれません。



またまた話が飛びますが、私は今、群馬県で暮らしています。
昨年末に引っ越したのです。
トトが亡くなる少し前にとある公募が出て、一応検討フォルダに入れておきましたが、ネコの看病がある状況で(しかも勤務していた研究所ではまだ任期が残っている状況で)引っ越しなどあり得なかったです。

しかし、病気のネコは二匹とも亡くなってしまいました。
彼とも実質自然消滅している状況。
つくばに固執する理由はないし、その公募は研究内容から言って私じゃなくて誰が居る?という位にドンピシャだったんですね。
正直、研究者になってから初めて巡り合った内容でした。


これは研究者としての最後のチャンスだと思いました。
年齢は行っているけれど、それでも応募したら選ばれる可能性は高いと確信しました。
結果、書類を出した翌日に面接をしたいと連絡があり、10日後に面接、その数日後に採用決定、その約一ヶ月後に転居となりました。



ここで少し前の話に戻りますが、未来が現在を決めていると。

ネコが生きていたら、彼とうまく行っていたら、公募は最後のチャンスと分かっていても見送ったでしょう。
何よりつくばにいた時に、当時の任期が2022年9月まででしたので、そこまで仕事をしたらもう研究はやめようと考えていたくらいでした。
もう自分の中に研究に対する情熱が感じられなくなっていたのです。

でも、その、自分にぴったりの内容の公募を見たときに、心の底に熾火のようなものが見えたのです。

まだやり残していることがある
まだやれることがある
まだやりたいことがある
まだ情熱がある

それは私にとって驚きでした。

公募はまた生活面からも都合が良かったんですね。
ネコが亡くなった時、もうつくばにいる必要もないし、生活を変えることでネコたちを失った悲しみを少しでも紛らわせたいとも考えました。
私だけでなく残されたネコの中でも精神的に不安定になってしまったコがいて、環境を変えることはおそらく我が家みんなにとってプラスになるだろうとも思いました。

実際、新しい生活を始めてからは夜鳴きや徘徊(亡くなったネコたちを探し回っていた)がなくなったので、ネコたちにとっても良い決断だったのだろうと思います。


人生とは不思議なものです。
これからも色々あるのかも知れません。
でも自分の人生は、あまり悪いようにはなっていない気がします。


群馬での生活も気がつけば3ヶ月が過ぎました。
仕事も忙しいですが順調で、ブログも書いてみようかと思えるくらいにはなりました。
出窓のある新居はネコズもとても気に入っています。

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亡くなったネコたちの遺骨の上で寝てます。夢の中で出会えていたらいいね。