空飛びラボ日記 Ver.2

研究する人生

【読書感想】小説8050 林真理子

久しぶりの林真理子

引きこもりの息子を抱えた一家の再生を描いています。
三浦友和があとがきを書いているところを見ると、ドラマ化の構想があるのかもしれません。

主人公は息子の父で歯科医師。これがね、自分の意見を押し付けたりするところもあり、そういうところを妻に猛烈に非難されたりしますが、愛情があり行動力もあり、息子を理解しようと悩み苦しんで成長もする良い父親なんですね。
私は未婚で親にもなっていませんが、今や主人公に近い年齢になってきましたし、受容的でただ守る一方の母親よりは父親に似た性質なので「お父さん頑張れ」と思いながら読みました。
具体的なことはほとんど何もせず、父親を責めているだけの母親の方がどうかと思いました。



8050問題というのはご存知、高齢者の引きこもりにより引き起こされる社会問題です。
引きこもり当事者が50代の時、その親は80代となり、親が家庭内で子供を支えるには経済的にも限界が来るのに加え、親側の病気、体力の衰えから介護が始まる年齢に突入するが、そこで子供が社会復帰を目指そうとしても年齢的な問題でなかなか難しいとなり、家庭内のさまざまな問題が一気に顕在化し、持ちこたえることが難しくなるというものです。


この小説の年齢設定は、引きこもりの息子は21歳、父親は50代なので実は8050問題を描いたものではありません。
ここのままでは我が家はそうなってしまう、そうなる前に問題を解決するという家族の奮闘を描いたものになります。

また、確かに主人公の息子は引きこもりではありますが、その原因には親の期待に応えようとして弱みを見せられなかったことで発覚が遅れたいじめ問題があり、引きこもりからの脱却が中学校時代のいじめに法的に決着をつけることとリンクしているため、引きこもりそのものに焦点を当てた作品ではないように思いました。
むしろ、作者はいじめ問題の方に力を入れて書いているのでは。

息子の引きこもりの原因が分からないまま、行政に頼ったりフリースクールに頼ったりする主人公とその妻ですが、親の働きかけに対して怒りを募らせ暴力まで振るってしまう息子。
その過程でようやく「(引きこもっているのは)復讐のため」という言葉を引き出します。そして、復讐とは一体誰に対してなのか?を考え、探るうちに中学受験を経て進学した学校での虐めが発覚するのですが、物語が大きく動き出すのはここからという感じです。

息子は14歳で引きこもっているので、インターネットで色々と情報は得ていても世間知らずの子供のままです。自分をいじめた同級生達に復讐したいと願っていてもどうしたらよいか分からないから苦しんでいます。
息子の引きこもりを解決するためには過去の虐めに決着を付ける必要があると考えた父親は「一緒に復讐しよう!裁判をおこす!」と息子に告げます。

主人公である父親は努力して問題を解決してきた経験を持つ大人なので、方向性を決めたらあとは前に進むだけという強い気持ちでいるのですが、引きこもり息子は復讐はしたいが外部との接触が怖い(未経験だから)ので、父親のスピードに付いていけずしばしば齟齬が置きます。
が、息子と父親の中間に立ち、一緒に戦おうと奮闘してくれる弁護士も見つかり(この弁護士のキャラがなかなか良い)、少しずつ証拠を集め裁判を迎えます。
この裁判前に、大きな悲劇が家族を襲い人生の残酷さが描かれます。この悲劇が小説に必要だったかどうかは賛否あるのではないかと思います。
正直、私もこの小説の終了した時点では「これじゃあ裁判に勝っても、引きこもりかを脱しても、息子の人生マイナスだよ」と思いました。
でも人生は長く、ずるいことをしたヤツは今は大きく裁かれなくてもどこかで痛い目を見ると思いたいし、何度も痛めつけられた人は大きな幸せを、それは物質的なことで無くても、手にすると信じたい。主人公や息子の人生もこれから、とエールを送る気持ちで読み終わりました。


小説の中で共に戦ってくれる弁護士の言葉で印象的なものがありました。

「寺本君はどのみち加害者です。加害者はいつまでたってもバカなんですよ。目を閉じればイヤなことを忘れられます。だけど被害者は違う。ずっとそのことばかり考え、自分を問い糺していく。いわば賢人となって いき ます。

林真理子. 小説8050(新潮文庫) (p.364). 新潮社. Kindle 版.

林さん自身、子供の頃に虐めに遭っていたと聞きます。
この台詞には重みとリアリティがあります。
ブログで何度も書いていますが、私も幼少期から中学校卒業まで(部分的には高校も)虐められていて、経験が無い人には信じられないでしょうが、一日に最低一度はクラス全員から無視(朝私が登校すると私以外の全員が廊下に出て担任が来るまでそのまま。異様ですよね)されていた状況がフラッシュバックしてイライラします。ほんの一瞬ですけどね。
私だってもうそんなことは思い出したくないし、虐めていた同級生達のことも忘れてしまいたいのですが、そういう次元の話では無く、これがトラウマというものなのでしょう。

私は特段林さんのファンというわけでは無く、彼女の作品も時々読む程度で好きな作家とも思わないですし、何なら「好きじゃない」と思うことすらあるのに、なぜか彼女のことは信用出来ると感じるのは根底にこういう考え方がある人だからかも知れません。


ところで、この本に続いて読んだものがこちら。

法医学教室シリーズのエンタメミステリーですが、偶然8050問題を主軸とした犯罪を描いたものでした。
8050だけで無く、オムニバス形式で様々な年代の組み合わせの中で起きる犯罪が実はある人物の思惑によって引き起こされていた、という小説です。
特に教訓は無くさらっと読めます。
この人の初期作品はもっと読み応えがあったのですが、最近はもうダメですねぇ。
多作の作家が書くシリーズものが段々劣化していくのは読者としては寂しいものがあります。。。。