空飛びラボ日記 Ver.2

研究する人生

【読書感想】羊の国の「イリヤ」 福澤徹三

嗜虐性を持つ暴君や肥大化した支配欲で膨れ上がった専制君主がどうして出現し続けるのかといえば、やはり支持してしまう人が一定数いるからだろう。
民衆を自分の奴隷としか見ていないトップは、確かに恐怖で支配する側面はあるだろうが必ずしもそれだけではないと思う。むしろ恐怖で多くの人々が支配されるようになった時にはもはや手遅れで、その時になって「こいつを支持するんじゃなかった」と後悔しても遅いのではないか。

そもそも、さほど力を持たない時から恐怖政治を行おうとしても反発され潰されるに違いないのだから、その時が来るまでは「うまくやる」必要がある。
そして、そう言った人々は「うまくやる」のが上手い。

もちろんみんなが騙されるわけじゃないけど、生き延びるだけの支持者は獲得できる、騙すことができる、目をくらませることができる、あいつは嘘つきだと言う声は消されてしまうくらいの支持は取り付ける、とりあえず。そう言う才能がある。

そうやって長く生きて、力を蓄えて、多くの人々がなんだかおかしいぞと思い始めた頃には簡単には覆せないようになっている。恐怖や暴力で支配するシステムが動き始めている。
声高に異を唱える人は、運が良ければ無視され、運が悪ければ封じられる。


その繰り返しだなって思う。


この世には羊を羊たらしめる手法が存在する。



「羊の国のイリヤ」は安全と信じていた柵の中にいるのに、運悪く痛めつけられ搾取される主人公(イリヤというのは主人公の名前、入谷から)が、柵の外の無法地帯で生きる殺し屋と出会い殺されそうになる。
しかし、トラブルに巻き込まれた娘を救出するまでは死ねないと命乞いの結果、一年の延命を取り付けたことから始まる。


延命の条件として、主人公は柵の中にいた時には想像もしなかった世界があることを教えられ、そこで働くことを言い渡される。

まずは遺品整理業。主人公はたくさんの理不尽な死、無関心から放置された死を目の当たりにする。それまで自分が暮らしていた羊の国は安心で安全なところじゃなくて、そう見えるように操作された場所だったと気づく。
次に主人公がやるのは遺品業者が裏で請け負っている死体処理作業だ。その仕事を続けていくうちに、娘が巻き込まれたトラブルと関係する闇社会に関する知識を得ていく。


皮下脂肪の付いたたるんだ身体の中年男だった主人公。身体の中身もあちこちガタが来ていたが、肉体作業に従事することで脂肪を落とし、失われた体力を取り戻していく。
嘔吐しながら死体処理を続けいく中で、自らの生命力に気づく。肉を食い、体を鍛え、知恵を絞り、仲間を募り、娘の奪還へと向かっていく。


まぁネタバレはこの辺で終わりにしましょう^^



羊の国から出て生きることを選んだ男の話です。



羊といえば、私には忘れられない記憶があります。
それは子供の頃に映画館で観た「チリンの鈴」
狼に母親を殺された子羊が復讐のために狼に挑むも当然歯が立たない。なんとしても力をつけて復讐をやり遂げたかったその子羊は狼に弟子入りして共に生きると決めます。
数年後、獰猛な羊に成長して育ての親である狼には思慕の情も感じ始めているのですが、再度羊小屋を襲おうとした狼を、やはり自分は羊だからと長く伸びた角で突き殺す。
そうやって羊たちを守ったのに、その恐ろしい姿に仲間だったはずの羊たちからは忌み嫌われてしまい、岩山で孤独に生きることを選ぶという内容です。
現代からは考えられないくらい、子供向けにしては厳しい内容です。


子供心に、角の丸まったフワフワのかわいらしい羊と、まっすぐ伸びた鋭い角を持つ痩せて目つきの鋭い羊の対比が強烈に焼き付いていて忘れられませんでした。

私のいじめは保育園からで映画を観た小学生の頃も続いていたでしょうから、マイノリティへの共感は強かったと思います。
でもそれだけでなく、柵の中にいたら身につけられない強さを備え、岩山に佇む異形の羊に憧れを持ったのだと思います。たとえ嫌悪されて孤独であっても。
そして自分もそう生きよう、生きたいと感じたような気がします。
少なくとも、同じ羊のはずなのに、他の羊を守ったのに、みんなに嫌われて可哀想、悲しい、とは思わなかったんじゃないかな(思わなかったから今があるような気がする)。



イリヤは柵から出て狼になったのではなくて、異形の羊になったのだ。
小説を読みながらチリンの鈴も思い出しました。


ちなみにチリンの鈴の作者はやなせたかし氏で、映画制作はサンリオです。

すごいな!やなせたかし!!!!!
やるな!サンリオ!!!!