空飛びラボ日記 Ver.2

研究する人生

頭で弾く

子供の頃、10年近く習っていたバイオリンを止めたのは日々の練習が嫌で嫌でどうしようもなくなったからでした。
けれども自らが音楽を生み出せるというのは実は素晴らしいことで、浪人した時、失恋した時、なんだか人生がつまらなくなった時に思い出しては取りだして弾いていました。


その時に思ったことは「自活するようになったらまた習おう」ということ。

で、ポスドク生活にも少し慣れた頃、先生を探しました。


たまに弾いたとは言ってもブランクが長すぎて、指の位置は体が覚えていても全然動かない有様です。子供時代の私が聴いたら瞬時にダメ出しをされるような腕前に成り下がりましたが、自分の稼ぎで細々とでも続けることに意義があると思って、1-2ヶ月に一度くらいのスローペースでやっています。

ところがね、大人になってからあらためて習うと、練習時間が取れないこともあり体で覚える能力はかなり落ちているのですが、先生が言っていることが非常によく理解できます。
なぜにその持ち方か、その手の形か。子供の頃は理由が分からなかったため、注意されては直す、の繰り返しだったことでも、今は理由が分かるために自分で矯正できるわけです。

これが、結構楽しい。

地味な音階練習も、昔はひたすら苦痛でしかなかったけれど、今はそれをやることで高度な曲が弾けるようになることが、頭で理解できているために基本練習のみでも全く苦にならないのです。

今の理解が幼少期の私に備わっていたならば。。。



と、考えると、何も分からないままに基礎を積み重ねることが出来る人、または幼いうちに必要なことが理解できる人というのは、それこそが才能なのだなと思います。

と同時に、やっぱり私って音楽家になる才能はなかったんだ〜、と今更ながら実感(笑)



まぁ音楽家としては凡凡才ですが、20年以上を経てやっと矯正された弓の持ち方等々(理由が理解できたため)で、回らない指を補いつつ、ちょっとうまい素人といった感じで他人に披露できるくらいになれたらいいなーと、思っています。