空飛びラボ日記 Ver.2

研究する人生

夜を駆ける

しくじった。


一向に止まないどころか強くなるようにすら感じられる雨の中を自転車で走りながら私は胸の内で呟いた。


今日は大きな実験がいくつも重なった上に勉強会もありとてもタイトだった。
おまけに夕刻から大雨の予報も出ていたので、できればそれまでに帰宅しようと思い朝の7時から仕事をしていた。
結局、学生からの質問を受けたりしているうちに強い雨が降り始めてしまった。
雨は断続的ながら夜通し降りそうな感じだった。

多少の雨なら濡れて帰るところだが、そうもいかない降り方だったので雨雲の切れ間を狙って帰宅することにした。


雨雲レーダーでは、中心が真っ赤に染まった雲の塊が西から東にどんどん流れてくるのが見てとれる。
とりあえず、PCでは常時レーダーをチェックできるようにしておいて、さらに時々スマホアプリでは別の気象会社が提供している情報もチェックしながら今日の実験データを整理したりして時間を潰した。



そうしているうちに20時を過ぎた。

二つのレーダーによれば雨は小康状態のようだったが、すぐ隣にまた真っ赤な雨雲が来ているのが見えた。
時間的にもこれ以上遅い帰宅は避けたい。
私は思い切って帰宅することにした。


基本的に、メガネが雨粒で濡れるのを防ぐためのレインハットさえあれば洋服など濡れても構わないのだが、今日は長時間労働で疲れ切っていたのでできればずぶ濡れは避けたい。
しかし甘かった。


真っ赤な大きな雨雲の移動速度が速かったのか、雨足はどんどん強くなる。
車社会の地方都市、その上大雨なので歩行者はほぼいないが、すでに暗い通りを自転車のヘッドライトの先に目を凝らしながら走った。




職場から我が家まではほぼ一本道で、突き当たりにはT字路がある。
だから、距離はあっても真正面に目的地が見えているのでひたすらそこに向かってペダルを漕ぐ。
普段は車と歩行者にだけ注意するが、今夜は水たまりにも注意しなくてはならない。


心身の疲労と雨のせいなのか、突き当たりのT字までがやたらと遠く感じる。

突き当たりはマンションの外壁なので、夜だと黒くて四角い穴に見える。
街灯が少なく、暗くて静かな地方都市の裏路地の夜。
私は遠くにぽっかりと口を開けている四角い穴を凝視しながらひたすら愛車を漕ぐ。



時折暗い穴の底から二つの光る目が浮かび上がってこちらに向かってくる。

実際にはT字路の左右どちらからか曲がってきた車のヘッドライトなのだが、闇夜に飛び出してきた獣のように見える。
今夜は5匹の獣と行き交った。



四角い穴がだんだん近づいてくる。
穴に吸い込まれてなるものか。



不意に街灯に照らされて穴は消え、ただの壁になる。
T字を左折すれば私が暮らすマンションのエントランスが明るく輝いているのが目に入り、やれやれ、と思う。



やれやれ、今日も本当によく働いた。
ずぶ濡れにもなったしな。


雨はまだ降り止まない。